独身25歳でのがん発症~「結婚」「出産」への望み、そして「お金」の不安

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25歳という若さで悪性リンパ腫を発症した小林円香さん(29歳、2014年当時25歳)。

まさか自分が、がんに罹患するとは思いもしなかったと言われます。
結婚・出産を夢見ていた25歳の時、独身女性ががんを経験することの苦悩、そして治療を終え3年3ヶ月が経った今について語って頂きました。

名前: 小林円香さん >>5yearsプロフィール
年代: 20代、女性
病名: 悪性リンパ腫
病理: びまん性大細胞型B細胞リンパ腫
発症: 左副鼻腔
発生時年齢:25歳
受けた治療: R-CHOP療法(6クール…3週間の治療プログラムを1クールとする)   
期間: 2014年11月~2015年3月(5ヶ月間)
合併症:鼻涙管閉塞、適応障害
職業: 保育園栄養士(復職後 勤め先の保育士に転職)
生命保険:日本生命保険

❏ がんの兆候

大久保(聞き手): 悪性リンパ腫を発症する前、どのような症状がありましたか?
小林(敬称略): 2014年7月のことですが、左目が充血して目やにがでる日が続きました。眼科クリニックを訪ねると「結膜炎」と診断され目薬を処方されたのですが、その後も症状が改善しないまま2ヶ月が過ぎ、9月に入ると左目の下の頬の辺りがしびれてきました。

大久保: 当時は、何の病気と思われていましたか?
小林: さすがに結膜炎ではないと思いました。ネットで調べて三叉神経痛を疑い、大学病院を受診しました。そうしたら、CTとMRI検査が行われ、腫瘍があるので1日入院して組織を取る生検を行うと言われ、恐くなりました。

大久保: 検査入院が必要だったのですか。その頃は、どんなお仕事をされていたのですか?
小林: 私は短大、専門学校を卒業し、都内の保育園で栄養士の仕事をしていました。昔から子供が大好きで、保育士の資格を取るために働きながら勉強していました。

大久保: 小林さんは、子供が好きなのですね。
小林: 保育園では入社3年目の25歳。結婚・出産に憧れていて28歳までには1人目の赤ちゃんが欲しいと思い、本気で婚活をしていました。幸せな結婚と子供のいる生活に、とても憧れていました。

❏ 独身女性が受ける「がん告知」

大久保: 仕事・婚活と頑張っている時に腫瘍がみつかり、どうなったのですか?
小林: この頃はくしゃみをすると鼻血が出たり、涙道を通じて目から鼻血も出ました。この年(2014年)10月に入院して、全身麻酔で内視鏡を入れて5cmある腫瘍の4分の1を切除する生検を受けました。
病室に戻り、麻酔が効いている状態でベッドに横になっていましたが、母親が主治医と話をしていて「悪性リンパ腫の可能性」と言っていたのを覚えています。

※悪性リンパ腫: 血液細胞に由来する「がん」の1つで、白血球の1種であるリンパ球が「がん化」した病気。(国立がん研究センター、がん情報サービス

大久保: がんの疑いを知らされた時、どのように感じましたか?
小林: まだ25歳と若かったので、現実離れした話に聞こえ、何かの間違いだろうと、一生懸命、心の中で否定していました。ただ、その後、悪性リンパ腫のがん患者たちが綴るブログを見付け、抗がん剤治療により、不妊の可能性があると知り驚きました。がん治療を受けて生き残っても、子供が産めない身体になったりしたらどうしよう。そんなの幸せじゃない。せっかく女性として生まれてきたのだから母親になりたかったし、それくらい、子供が欲しかったんです。

❏ 卵巣の摘出・冷凍保存の決断

小林さんは、詳しい検査で「悪性リンパ腫、B細胞」と判明し、主治医からすぐに抗がん剤治療を受けるよう勧められます。しかし、その前に卵巣を摘出して凍結保存したいと申し出て医師を驚かせます。

大久保: なぜ、卵巣を摘出して凍結する手術を希望されたのですか?
小林: 悪性リンパ腫の患者ブログを読んでいたら、抗がん剤治療前に卵巣を摘出・凍結保存している人がいたのです。主治医からは「抗がん剤治療により、必ずしも、不妊になるわけではありません(注1)」と説明を受けていたのですが、万が一、子供が産めなくなったら、悔やんでも悔やみきれないと思ったのです。また、卵子を凍結する方法では、その後の妊娠の可能性が低いとわかり、思い切って左側の卵巣を摘出して凍結保存する方法を決めました。
ただこの手術・保存は、公的保険が適用されず、医師から「約100万円かかります」と言われた時は、そんなにもお金がかかるのかと驚きました。

大久保: がんに罹患するとお金のことも心配になるかと思いますが、どうされましたか?
小林: 私は、当時、社会人2年目で、貯えなんてほとんどありませんでした。だから、お金のことは両親と祖母に助けてほしいと思っていたのが正直なところです。
一方、この年(2014年)、母親からの勧めで、日本生命の生命保険に加入していました。がんがカバーされる3大疾病保障特約(100万円)が付加されているもので、この保険には助けられました。
がんに罹患すると、治療費はもとより、休職中は収入も減ります。私のように公的保険が使えない治療もあり、経済的にとても苦しくなります。生命保険の一時金と日額の給付はとても大きかったです。
卵巣を凍結したことと、生命保険に加入していたことで、心に余裕が生まれました。

卵巣凍結後、「悪性リンパ腫、びまん性大細胞型B細胞リンパ腫」と確定診断がおりた小林さんは、その後、抗がん剤(R-CHOP)療法を受けます。11月から翌年3月までの5ヶ月間、合計6クールをこなしました。そして、強い副作用(吐き気、嘔吐、骨髄抑制、便秘、爪の変色、脱毛)と闘いました。

❏ 抗がん剤治療の始まり

大久保: 抗がん剤治療(R-CHOP)療法はいかがでしたか?
小林: きつかったです。吐き気などの副作用もきつかったのですが、髪の毛が抜けた時は、精神的につらかったです。まるで「落ち武者」のような外見になりました。
そして、ちょうどその頃、俳優の高倉健さん(享年84歳)が悪性リンパ腫で他界されたというニュースを観ました。
この時、ハッとして恐ろしくなったのを覚えています。それまでは「不妊」の恐れが一番だったのですが、「死」の可能性がある病気だと改めてわかり、自分の中に閉じ込めていた「死への恐怖」が出てきました。

大久保: それでも、すべての抗がん剤治療をやり遂げ、がんばられましたね。
小林: 治療効果が出ていたので、終わった時は嬉しかったです。でも、今度は「再発の不安」に怯えだしました。しかも、髪の毛がない独身女子。「がんになった自分なんかを好きになってくれる男性なんていないんじゃないか…」と思い、「結婚できなければ凍結した卵巣を使うこともない、一生子供なんてできないじゃないか」と少し捨て鉢な気持ちになりました。精神的にきびしかったです。

❏ 社会復帰と「結婚」願望

2015年4月、小林円香さんは、PET-CT検査により、医師から寛解を告げられます。治療終了後は、勤務していた保育園に復帰。持ち前の頑張りで、2016年1月に保育士試験に合格、3月には保育士として認定されました。
一方、結婚に憧れていた小林さんは、2015年・秋から、婚活を再開し、2017年3月に今お付き合いしている彼氏と出会います。

大久保: がん経験者の自分なんか好きになってくれる男性はいないかもと思われていましたよね。でも、現れました!
小林: 彼とは3回目のデートでディズニーランドに行き、交際を申し込まれました。
それまで、がんに罹患した事実を伝えていなかったので、明かしたらフラれちゃうのかなと心配だったのですが、彼は全く驚かず「子供が産めないかもしれないし、再発するかもしれないんだよ」という私の話を顔色変えずに聞いてくれました。そして、今年(2018年)3月にプロポーズをされました。いま本当に嬉しくて幸せです。

大久保: 当時のがんをふり返り、どのように感じられていますか?
小林: いまでも再発の不安はありますし、本当に子供が産めるのかなと気になることもあります。でもこればかりは心配しても仕方がないことだと解っています。
また、がんになると「お金」の問題も大きいと思いました。私の場合、独身で養っている子供がいなかったので、経済的なプレッシャーは子育て世代の患者さんより少なかったと思います。それでも、もしお金が足りず治療が受けられないとなったら、どうなっただろうかと思うとゾッとします。母親の勧めで加入していた生命保険があったことで経済的に困った状況にはならずに済みました。
私のように20代でがんになる人は少ないかもしれませんが、万が一のことを考えて生命保険に加入することは大事だと思います。

フィアンセができた小林さんは、2019年に彼氏と結婚予定です。「(婚活の)次は、妊活です!」と笑顔で話してくれたのが印象的でした。

注1):抗がん剤治療と不妊に関するレポート(出典American Cancer Society): https://www.cancer.org/treatment/treatments-and-side-effects/physical-side-effects/fertility-and-sexual-side-effects/fertility-and-women-with-cancer/how-cancer-treatments-affect-fertility.html

取材:大久保淳一

この記事の著者

大久保 淳一(5yearsプロフィール)

日本最大級のがん患者支援団体 NPO法人5years理事長、本サイト(ミリオンズライフ)の編集人。
2007年、最終ステージの精巣がんを発病。生存率20%といわれる中、奇跡的に一命をとりとめ社会に復帰。自身の経験から当時欲しかった仕組みをつくりたいとして、2014年に退職し、2015年よりがん経験者・家族のためのコミュニティサイト5years.orgを運営。2016年より本サイトを運営。
現在はNPO法人5years理事長としてがん患者、がん患者家族支援の活動の他、執筆、講演業、複数企業での非常勤顧問・監査役、出身である長野県茅野市の「縄文ふるさと大使」として活動中。
>>新聞、雑誌、TV等での掲載についてはパブリシティを参照ください。
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