【インタビュー】中村玲子さん 胃がん ステージ1 サバイバー

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胃がん(腺がん、上皮内)ステージ1 サバイバー 中村玲子さんのインタビューです。

※ストーリーをまだ読まれていない場合は先に読まれることをおすすめします。

>>がん闘病「ストーリー」記事から読む

目次

基本情報

名前: 中村玲子さん >>5yearsプロフィール
年代: 70代、女性
病名: 胃がん(腺がん、上皮内)
進行: ステージ1
発症年月: 2015年7月
発生時年齢:68歳
受けた治療: 腹腔鏡下手術(幽門側胃切所)
    
治療期間: 2015年9月-10月
後遺症: ダンピング症状
職業: クレーン会社経営
生命保険会社:滋賀県民共済、アメリカンホーム、オリックス生命保険

>>中村玲子さんの「ストーリー(がん闘病記)」はこちら

>>中村玲子さんの「がん経済」はこちら

クレーン会社の経営に携わっていた頃、毎年の健康診断は受けていらっしゃいましたか?

乳がん検診、血液検査等の簡単な健診のみ受けていました。

がんになる以前、入院とか手術を伴うようなご病気をされたことは、ありましたか?

40歳くらいの時、子宮筋腫、卵巣嚢腫で子宮摘出、卵巣片方摘出手術をしました。

2015年6月、急に声が枯れてガラガラ声になります。このようなことは以前にもあったのでしょうか?

なかったです。

近所の耳鼻科クリニックに行き診察してもらい、蓄膿症(ちくのうしょう)と言われます。医師は、ガラガラ声については、どのように説明しましたか?

何の説明もなかったです。

後日、草津総合病院の耳鼻咽頭科にて逆流性胃腸炎の可能性を指摘されます。このとき、どのように感じられましたか?また、ご家族は、何と言われていましたか?

当時、よく聞く病名だったので家族も私もそうなんだという思いだけでした。

7月3日に、胃の内視鏡検査を受けます。これは、消化器外科の医師が担当だったのでしょうか?初めての検査でしたか?

何年か前にも3回受けていますが、だいぶ時間があいていました。担当されたのは、消化器内科の先生でした。

胃カメラから1ヶ月後の8月6日、「2cmのがんが見つかった」と医師に言われます。この時のお気持ちを教えてください。

全く疑ってなく、異常なしといわれるものだと思っていました。だから青天の霹靂でした。

ご主人は、中村さんの胃がんのことを知り、何と言われていましたか?また、娘さんたちは、何と言われていましたか?

家族は心配しないように、明るく接してくれました。初期だから大丈夫だと言っていました。

中村さんには、当時、周囲にがんを経験した人はいましたか?

周りにがんで苦しんでいる人が誰もいなくて、がんの知識に乏しかったです。

手術を受ける病院選びで、娘さん(長女)が、協力してくれます。草津総合病院に決めたいきさつを教えてください。

長女が以前、滋賀医大に勤務していて、いいのはよく知っていました。そこ(滋賀医大)からの先生が多く来られていて、しかも医療器具も最新で評判が良かったから(草津総合病院にきめました)です。それに信頼している先生に太鼓判押されたからです。

がんの告知から手術までの1ヵ月間、娘さん(三女)の赤ちゃん(3人目のお孫さん)誕生で、大忙しになります。その結果、がんの不安を感じることは、無かったのでしょうか?

会社関係の人や友達など絶えず出入りしているのと、3女の産後の世話や赤ちゃんの世話でいっぱいで(がんのことを)忘れるほどでした。

腹腔鏡下手術(幽門側胃切除)の手術の説明を受けて、胃の2/3を切ると言われた時の心境を教えてください。どのように感じられましたか?

主治医がおなかを切らずに腹腔鏡なので大丈夫ですと説明されたので安心してお任せしました。

9月3日、手術を終え、ICU(集中治療室)に入ります。手術後の体調はいかがでしたか?

腰がすごく痛く体には管がいっぱいでびっくりしました。

手術後、ダンピング症状に苦しみます。「ダンピング症状」とは、どのようなものでしたか?詳しく教えてください。

本来ある胃が半分になったので機能せず、少し食べると胃がもたれたり逆流したり便秘や下痢をしたりと毎日大変でした。
少ししか食べられず食べても吐くの繰り返しでした。
胃が重いことや胸やけは今でもあります。
胃痛も腹痛もあります。
ひどい人はショックで意識を失う人もあるようですが、私はそこまでは一度もないです。

手術から日が経ち、退院するまで、体調はどんな感じに改善していきましたか?

食物の好みが変わり偏食がちになりました。
食べる量もごく少なく、少し食べすぎると食後の薬の服用もままならないときが今でもあります。
でも少しづつ体調が戻りました。

食事を食べられなかったため、体重が13kgも減り、39kgにまでになったと伺いました。フラフラでしたか?

ふらふらではなかったですが、手も足もおしりも筋肉がすっかり落ちたので老人のようでした。

入院中、娘さんたち、お孫さん、ご主人が、頻繁に見舞いにきて、励ましてくれました。病院に家族が来てくれることは励みになりましたか?

かわいい孫たちの笑顔で痛みが軽減し早く元気になり一緒に遊びたいという思いが強かったです。
家族はもちろんですが友達や私の兄弟たちも頻繁に来てくれありがたかったです。

退院後、さっそく民生児童委員の仕事に復帰されていますが、当時の体力・体調はどんな感じだったのでしょうか?

少し無理をしていましたね。
体重が減り体力がなかったので無理できなかったです。
重いものは持てず大好きなお茶タイムもできず周りの人たちは気の毒に思っていたと思います。

60代で、ある日、突然のがん宣告。いま振り返り、どのように感じられていますか?

予備知識がなかったのが幸いしたのかと思います。子供たちもネットで変な情報を見て信じないようにと言っていましたし、いというより悪いものは取ってもらえばいいというぐらいの思いでした。

中村さんにとって、ご家族は、どのような存在ですか?

なくてはならない大切なもの。
まして孫3人は宝です(笑)

手術を終え、2年経った今の心境を教えてください。

本当に早く見つかり早く治療していただいてよかったと思っています。

がんになって失ったもの、得たもの

【得たもの】

  1. 家族のきずなの強さを実感

【失ったもの】

  1. 半分の胃
  2. 食欲

大切にしている言葉

しあわせはいつも じぶんのこころがきめる(相田みつを)
相田みつをさんの言葉が好きで病院に何冊も本を持ち込んで勇気つけられました。

現在治療中の方々に伝えたいこと

諦めないで明るく前向きに生きること。
同じような境遇の方の意見も聞きながらいいと思う方法を試してみること。

現在治療中の患者さんのご家族に伝えたいこと

つらいのは本人も家族も一緒ですがそっと見守ることも大切かと思います。

中村さんが、いま、やられていること、今後、やろうとされていること、やりたいこと。

できる範囲のボランティア活動。
がんで苦しんでいる人たちが一人でも心穏やかに過ごせるようお手伝いができればと思います。
孫が成人するまで長生きがしたいです。

がん患者がしてはいけないこと(3つ)

  1. 暗く落ち込むこと
  2. 一人で考えすぎない
  3. 自暴自棄にならないこと

がん患者がするべきこと(3つ)

  1. 明るく前向きに生きる
  2. いろんな人と接する
  3. 引きこもらないで外へ出る

周囲から掛けられた言葉で、嬉しかった言葉

大丈夫。

周囲かられた言葉で、不愉快に感じた言葉

別にありません。

復職する際に大切なこと

頑張りすぎないこと

当時参考にした本

  1. 胃がん手術後の生活読本。
  2. 小さなしあわせに気づく言葉(菜根譚が教えてくれる人生でたいせつなこと)
    この小冊子は長女が読みやすいからと買ってきてくれました。
    可愛いイラスト入りで1ページひとつ心に響く言葉がかいています。
    例えば つらさの中によろこびがある。
    つらいと思う時に本当は面白さや喜びがあって得意まんめんでいるときに、つらさや悲しみがかくれているのだ。と解説されています。
    毎日いくつか読み納得したり励まされたりといい本にであいました。
    これをいっぱい購入し家族や民生委員の仲間、お見舞いに来てくれた人にお渡しし喜ばれました。

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取材:大久保淳一


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