【インタビュー】大山志乃香さん 子宮体がん・卵巣がん ステージ1 サバイバー

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子宮体がん(子宮内膜がん)・卵巣がん ステージ1 サバイバー 大山志乃香さんのインタビューです。

※ストーリーをまだ読まれていない場合は先に読まれることをおすすめします。

>>がん闘病「ストーリー」記事から読む

目次

基本情報

名前: 大山志乃香さん >>5yearsプロフィール
年代: 40代、女性
病名: 子宮体がん(子宮内膜がん)・卵巣がん
病理: 子宮・卵巣共に類内膜腺癌
進行: 子宮・卵巣共にステージ1a期
発症年月: 2015年4月
発生時年齢: 43歳
受けた治療: 手術(腹腔鏡下子宮全摘術+両側付属器切除+骨盤リンパ生検)
       抗がん剤治療(TC療法 パクリタキセル ガルボプラチン)
治療期間: 2015/04 〜2015/12
合併症: 特に無し
職業: 会社員
生命保険会社: 東京海上日動あんしん生命/全労済

>>大山志乃香さんの「ストーリー(がん闘病記)」はこちら

>>大山志乃香さんの「がん経済」はこちら

大学生の時に胸にしこりをみつけましたが、31歳まで病院の検査を受けられませんでした。その間、不安ではなかったですか?ご両親やお姉さんは何と言われていましたか?

たまに自分で大きさを確かめていましたが、変化がなかったので、あまり気にしていませんでした。もし、がんなど悪い病気ならば、体調に変化があっただろうし、その当時は自分の体のことはあまり気に留めていませんでした。
両親には話していなかったと思いますが、姉からは一度検査した方が良いと言われていたような気がきます。ただ、自分の中で変な確信めいたものがあり、そのまま放置していました。

2014年に胸のしこりが大きくなっているのを見つけます。この時の心境を教えてください。

30代初めに一度生検をした時に、大きさに変化があったら良くないということを言われたことが頭に片隅に残っていて、「これはまずいな」と思いました。
また、しこりがあることがわかっていながら、その頃数年はセルフチェックも定期的な検診も怠っていたので、しこりの変化に気づかなかったことを反省しました。

大きくなったしこりを手術して切除するか悩まれます。いろんな方に相談されましたが、生検を受けずに手術して取ると決められた経緯を教えてください。

乳がんではなく別の疾患だと先生も考えていたから、始めに手術を勧められたと思います。ただ、私は人体に被害がないなら、このままでも良いのではと思っていました。しかし20代の頃からずっと気になっていたので、そろそろその悩みから解放されたいと考えました。
手術をすると決めたら、先生の方から生検はしないで良いとのことでした。その時先生から言われたのは、腫瘤が2cm以上もあるのも関わらず私が手術を渋っていたから、少し考える時間を与えたと。気持ちが前向きにならないと、手術をして良くなっても心の傷が癒えないですよ、ということでした。これは、後に抗がん剤の治療をするときも、ずっと心に留めておいた言葉です。

切除して以降、胸の方は特に問題ありませんでしたか?経過観察で、乳がんの可能性をみてこられたということでしょうか?

胸にメスが入ることをためらっていましたが、手術をしてしこりが無くなった方が気持ち的にはスッキリしました。あまり気に留めていなかったとはいえ、やはりいつもどこかで気になっていたからだと思います。
良性疾患はがん拠点病院では経過観察ができなかったため、紹介してもらったクリニックで定期的に検診を受けるように指示がありました。現在もそこで合わせて乳がんの検診もしています。

今度は、2014年後半に不正出血が起きます。それまでは、そういったことは無かったのでしょうか?

何年前のことか忘れましたが、30代後半頃にありました。その際に婦人科クリニックを受診しましたが、ホルモンバランスが崩れたり、疲労やストレスでも出血することはあるという診断でした。

2014年以前、女性がんの検診を受けられていましたか?結果は、いかがでしたか?

乳がん検診は乳腺疾患になり手術をするまで受けていませんでした。乳腺繊維腺腫の経過観察は、当時乳がんのチェックもしてもらっていると思っていましたが、今思えばそうではなかったということです。
また子宮頸がん検診は40歳から2年に1回、広島市の支援で受けられる検診をしていました。特に問題なく、よくある子宮筋腫なども見つかったことがありませんでした。

通われていた婦人科のかかりつけ医とは異なる、広島女性クリニックを受診されたのはなぜですか?

乳腺疾患をした際に、病院のことを色々調べて感じたのは、専門医に診てもらう方が安心だと思いました。かかりつけの産婦人科でもよかったのですが、そこは妊婦検診や不妊治療を得意としていた病院だったので、婦人科疾患専門の病院へ行ってみようと考えました。また、乳腺の経過観察をしてもらう病院が入っているビルに婦人科専門のクリニックがあったので、通いやすいと考えて病院を替えてみました。

子宮頸がんと子宮体がんの検査を受けられた結果、子宮体がんは「疑陽性」と報告されます。しかし、すごくビックリはしなかったと伺いました。なぜでしょうか?

半年前に乳腺の手術をして、なんとなく自分は婦人科系が弱いのでないかと思うようになりました。全く関係はないかもしれませんが子供もできなかったし、なんとなくそう感じていたので、そこまで驚かなかったのかもしれません。

乳腺繊維腺腫の手術、そして、子宮体がん「疑陽性」と続き、ご主人は不安だったと思いますが、当時、どのように言われていましたか?心配そうでしたか?

あまり言葉には出しませんでしたが、相当心配していたと思います。
ただ、良い意味で「なるようにしかならない」という思いがあったようで、私の前では不安そうな素振りは見せなかったです。

2015年4月4日に行われた組織診のための生検は、どのような検査だったのでしょうか?とても痛いとも聞きますが、大変でしたか?

検査の方法は、子宮口からスプーンのような器具を挿入して、組織を数カ所掻き出して調べる方法です。私のように出産経験がない場合は、器具の挿入が困難なうえに、非常に痛みを伴うものなので、最後まで検査を完遂できず組織がうまく採取できない場合もあると説明を受けました。
検査の間、看護師さんがずっと手を握っていてくれたので、少しは痛みも緩和されたのか、想像していたほどでもなかったです。でも、もう一度することは絶対に嫌です。

組織診の結果、子宮類内膜腺がんの告知をうけます。どのようなことが頭をよぎりましたか?

なんとなく予感がしていたので、そこまで驚かなかったです。乳腺の件はここに来るまでの伏線で、自分の体に目を向けなさいという信号だったのかなと思いました。

自宅に戻り、夫の帰りを待ち、報告されました。この時、死の恐怖みたいなものを感じられていたのでしょうか?

帰りを待つ間、夫にどのような言葉で切り出せば良いのか、そればかり考えていました。また、先生からの説明で、命を落とすようなことはないと思いますと説明を受けていたので、死の恐怖は全く感じていませんでした。

インターネット検索をされて、更に不安になられます。どういった情報を探し、どんなことを調べられていたのでしょうか?

主に、子宮体がんが進行していくとどうなるかを調べていました。
子宮体がんは初期であれば手術で終わりだったので、なんとか自分の症状もそうであって欲しいと思いました。しかし進行したがんであった場合、抗がん剤治療であったり、術式も開腹手術となり人工肛門になったり、術後の合併症があることも知らなかったので、文章を読んでいるだけで気分が悪くなりました。
また、体験ブログなども読んでみたりしましたが、亡くなられた方のものも多く、悪い方向へ妄想が膨らんでいきました。
ネット検索は自分の心の状態が落ち着いている時でないとしてはいけないと思い、しばらく封印しました。

手術までの1ヶ月間、楽しみたいとして広島カープの試合観戦に3回行かれます。他にどのようにして時間を過ごされていましたか?

この短期間の間に3回もカープの応援ができたことは、とてもいい気分転換になりました。
仕事は引き継ぎなどもあったので、休むことなく入院の前日までしていました。その方が悪いことを妄想する時間もなかったので、良かったと思います。
また、ゴールデンウィークがあったので、実家に帰省をして看護師でもある姉に色々な不安や相談を聞いてもらったことで、少しずつ手術へ向けて気持ちを整理できたと思います。

ご両親には、いつ、どのようなタイミングでがんの事実を明かされたのでしょうか?その時の反応はいかがでしたか?

父も母も高齢で二人とも健康状態が思わしくないこともあり、姉と相談して、がんであることは言わずに、子宮の手術をすることを伝えようと話し合いました。
遠くに離れて住んでいましたが、手術までの間に帰省をして伝えました。
その後、抗がん剤の治療をしていくことになりますが、その時はきちんと両親に説明しないといけないと思いました。いきなりびっくりさせては身体に負担がかかるので、まずは姉から看護師として上手く両親に伝えてもらい、その後電話で話しました。(術後すぐだったので、帰省は体力的に無理と判断)

手術のあと、急速に体力が回復していったと伺いました。どんな感じに回復していかれたのでしょうか?

手術当日の夜中に一度気分が悪くなり嘔吐しましたが、それ以降はどこかが痛いとか、気分が悪いなど、特に辛い症状は出ませんでした。翌朝の朝ごはんも普通食で完食しました。お見舞いに来てくれた人達も元気な姿を見て驚いていました。もともと体力があったのかなと思います。

手術から3週間弱で復職されます。体調的には、普通に働けましたか?

主治医からも特に何かをしてはいけないという制限がなかったので、今まで通り働けると思いました。ただ、営業での外回りや工事現場へ行ったりすることは控えて、自分ができないことは周りの人に助けてもらいながら働きました。

不正出血は、子宮がんと関係があったとお考えですか?

子宮体がんは最もよく見られる症状が不正出血なので、関係あると思います。

その後、病院で「卵巣にもがんが見つかった。同時多発のがん。予防的に抗がん剤治療を勧めます」と言われます。その意外感が大きく、混乱されたとお聞きしました。どのように心を整理されていかれたのでしょうか?

術後の説明では、子宮内にがんが留まっていたので、おそらくこれで治療は終了で、今後は経過観察になりますとのことでした。その時に卵巣も見た目には大丈夫ですとも言われました。でも、卵巣にあったがんは、肉眼では確認できない大きさのものだったので、先生にもわからなかったのでしょう。
抗がん剤がどんなものかはイメージでしかなく、とにかく恐怖でしかありませんでした。
がんの同時多発というのも、そのようなことがあるなんて聞いたこともないし、がんは一度なれば、他のがんにはならないと勝手に思い込んでいました。
またまた姉に相談しましたが、姉から言われた言葉で印象に残っているのは、「医療に絶対はないんだよ」という一言でした。
予防的に抗がん剤治療をすることがどうしても受け入れられなくて、病院のがん相談センターへ話を聞きに行ったり、もともとがん検診をしたクリニックの先生に話を聞きに行ったりしました。そして再発した時に後悔しないように治療を受けようと考えるようになりました。また、どうしても辛くて耐えられなかったら、途中棄権しようと決めました。

受けられた抗がん剤治療(TC療法)は、いかがでしたか?

投与した日は体が火照って寝付けませんでしたが、眠れなくても気にすることなく、目を閉じて朝を待っていました。次の投与までの間に起こる副作用は、事前説明も納得いくまで聞いていたので、便秘や味覚障害、足の痺れが始まっても、あっ来たか!という感じでした。
心の準備がある程度できていたからなのか、体力的な影響なのか、辛い症状が出ることはほぼ無く、全身に蕁麻疹が出た程度でした。
正直、散々悩んだのに、こんなものかという気持ちにさえなりました。

髪の毛が抜けた時、喪失感を感じられましたか?ショックでしたか?

副作用の中でも心の面で一番辛いのは、脱毛だろうなと思っていましたが、以外にも楽しんでいました。さすがに最初はその抜け方と量にビックリしましたが、髪の毛を洗うと絡まって大変なことになるので、一層の事坊主にしようと思い、抜け始めてすぐに病院の理髪店で丸刈りにしてもらいました。すると、意外にも頭の形が良くて、見慣れると好きになりました。
ウィッグも安いものを3種類購入して、仕事用とプライベート用と準備して、ショートにしたり、ロングにしたり、色々楽しみました。

抗がん剤治療中(TC療法)、会社に行き仕事をされています。どのような体調の中、どうやってお仕事をされていたのでしょうか?

主治医からは最近は働きながら治療している人も結構いるし、会社と病院が近いから、何あれば直ぐに来なさいという心強い言葉をもらえたので、仕事を休む選択はしませんでした。
抗がん剤治療が始まるまでに3週間ぐらいあったので、業務内容を見直し、残業をしなくても処理できるような業務量に調整しました。

抗がん剤治療が、無事、終了したときの心境を教えてください。

素直に、「あ〜終わった」と思いました。あんなに悩んだ治療でしたが、終わってみたら意外にもこんなものかという感想でした。

がん治療中にご家族がしてくれたことで感謝していることは何ですか?

夫婦二人の生活なので、家事のほとんどを主人がしてくれたこと、毎日車で会社へ送ってくれたことは、本当に感謝しています。
また、姉には医療者としてのアドバイスと、姉としてのアドバイスともらえて、とても安心しました。

治療中、心の浮き沈みに、どのように向き合いましたか?

告知後から手術までの間に、なんで自分が癌になったのか、何が悪かったのか思い悩み、ネット検索して悪い方へと妄想することがありました。でも、そんな原因なんて誰にもわからないし、自分を責めることはやめようと、頭を切り替えました。
後に知りましたが、がん告知された人は、だいたいこのような過程を通り自分と向き合えるようになるらしいです。私は告知された時に先生から「命を落とすようなことはありません」と言われたことが、支えだったかもしれません。

ふたつのがん(子宮体がんと卵巣がん)を経験して感じたことは何ですか?

初めは手術して終わりだと思っていたので、簡単に考えていた部分もありました。しかし、抗がん剤治療を経験していく中で、この病気は奥深く一生理解できないと思うようになりました。
でも、少なくとも癌=死というイメージはなくなり、がん=共存ということを知りました。それは再発してなくてもミクロレベルで残っている細胞とこれからずっと共に生きるということなのです。それも自分の中にできた細胞なのです。
そして再発の有無は関係なく、がんと向き合い共存しながら生き抜いている人こそが、がんを克服していると言える人なんだと思います。

がんになって失ったもの、得たもの

【得たもの】

  1. 家族との絆
  2. 生きていること・働けることなど、感謝する心
  3. 新しい人たちとの交流

【失ったもの】

  1. 子宮・卵巣 生殖機能

大切にしている言葉

 (人生は)その距離を競うより どう飛んだか どこを飛んだのか 
      それが一番大切なんだ
  ♪365日紙飛行機 作詞:秋元康 

現在治療中の方々に伝えたいこと

頑張らなくても良いので、自分のペースで少しずつ前に進むこと
一人で悩まずに、誰かひとりでも良いので話を聞いてもらえる仲間を見つけること
体力があれば、仕事(会社・家事・育児)を続けること
ネット検索をし過ぎて、悪い方へ妄想しないこと
そして、泣きたいときは泣くこと

現在治療中の患者さんのご家族に伝えたいこと

家族が一番の支えです。心配していることは当然伝わっているので、あれこれ口を出さずにサポートしていくことが一番良いと思います。特に治療中は体力も食欲もなくなるので、食事や生活習慣について指示されると、逆にストレスになる可能性もあります。

大山さんが、いま、やられていること、今後、やろうとされていること、やりたいことは何ですか?

ピアサポーターとして、県内のがん拠点病院にてがん患者さんを支援する活動に参加しています。まだ広島県はその制度が始まったばかりなので手探り状態ですが、今闘病している方々に、少しでも力添えができればと思います。2018年からは更に活動の場が増えていきそうです。
 またその活動の中で少しでも役にたてばと思い、手話の勉強を始めました。更にレベルアップをして、ピアサポーターではないですが、オリンピックのボランティアにも参加したいと思います。

がん患者がしてはいけないこと(3つ)

  1. 自虐的になること
  2. 孤立すること
  3. 人と比べること

がん患者がするべきこと(3つ)

  1. 自分の病気に向き合うこと
  2. 自分を信じること
  3. 心を開くとこ

周囲から掛けられた言葉で、嬉しかった言葉

  1. 私の決めたことをサポートするから(夫)
  2. 仕事を辞めることを考えるより、続けられる方法を考えよう(会社の上司A)

周囲から掛けられた言葉で、不愉快に感じた言葉

  1. 子宮を取るのか/代わりの人を探さないと(会社の上司B)
  2. 乳がんかと思ってた(友達)
    友達が悪いのではなく、人伝いに情報が誤って乳がんになっていたことは、正直驚きました。人の噂って怖いです。

復職する際に大切なこと

  1. 焦らないこと
  2. 治療計画・経過観察計画など、一緒に働く仲間に正確につたえること
  3. 治療中は周りに頼ってもよいが、経過観察中は一戦力となるので甘えないこと

当時参考にした本

  1. こちら「がん研有明相談室」子宮頸がん・子宮体がん・卵巣がん患者さんへのドクターズアドバイス  著:がん研有明病院婦人科
  2. 孤独を克服するがん治療~患者と家族のための心の処方箋~ 著:押川勝太郎

>>大山志乃香さんの「ストーリー(がん闘病記)」はこちら

>>大山志乃香さんの「がん経済」はこちら

取材:大久保淳一

この記事の著者

大久保 淳一(5yearsプロフィール)

日本最大級のがん患者支援団体 NPO法人5years理事長、本サイト(ミリオンズライフ)の編集人。
2007年、最終ステージの精巣がんを発病。生存率20%といわれる中、奇跡的に一命をとりとめ社会に復帰。自身の経験から当時欲しかった仕組みをつくりたいとして、2014年に退職し、2015年よりがん経験者・家族のためのコミュニティサイト5years.orgを運営。2016年より本サイトを運営。
現在はNPO法人5years理事長としてがん患者、がん患者家族支援の活動の他、執筆、講演業、複数企業での非常勤顧問・監査役、出身である長野県茅野市の「縄文ふるさと大使」として活動中。
>>新聞、雑誌、TV等での掲載についてはパブリシティを参照ください。
>>NPO法人5yearsの組織概要はこちら



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