独身25歳でのがん発症~「心境」と「葛藤」独身者が、がんを患うということ

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小林円香さん(29歳)は、25歳の時に、血液のがんである悪性リンパ腫を発症しました。

当時、独身でお付き合いしている人もいなかったということですが、ずっと幸せな結婚・出産に憧れていたと言われます。
そんな20代を襲ったがん。
がんから4年近くが経った今、当時の心境と葛藤を深掘りしてお話を伺いました。

名前: 小林円香さん >>5yearsプロフィール
年代: 20代、女性
病名: 悪性リンパ腫
病理: びまん性大細胞型B細胞リンパ腫
発症: 左副鼻腔
発生時年齢:25歳
受けた治療: R-CHOP療法(6クール…3週間の治療プログラムを1クールとする)   
期間: 2014年11月~2015年3月(5ヶ月間)
合併症:鼻涙管閉塞、適応障害
職業: 保育園栄養士(復職後 勤め先の保育士に転職)
生命保険:日本生命保険

❏ スマホで知った「悪性リンパ腫=がん」

大久保(聞き手): がんと知らされた時、どの程度がんについて知識がありましたか?
小林(敬称略): 私は、まだ25歳と若かったので、友人・知人でがんになった人はいませんでした。さらに私の場合、血液のがんで、しかも病名が「悪性リンパ腫」だったので、そもそもどういう病気なのかピンときませんでした。

大久保: では、悪性リンパ腫が、がんの一種だと解ったのはどうしてですか?
小林: スマホで、闘病ブログを読んだのですが、悪性リンパ腫の患者が書くプログの中に抗がん剤治療を受けているとあり、「ああ、抗がん剤を使うのか、つまり、がんなんだ…」と理解しました。

「5yearsサイト」も「ミリオンズライフ」もそうですが、閲覧者の70%がスマホ利用者です。いま、スマホで、情報収集している患者さんたちはとても多いと感じています。

❏ 独身者が、がんを患うということ

大久保: 闘病ブログはいかがでしたか?
小林: とても参考になりました。治療中の患者さんもいれば、治療を終了した人もいたので、「(自分も)治療を受けて、治る人になるんだ!」と前向きな気持ちになれたのが良かったです。
ただ一方、私は独身だったので、結婚してお子さんがいる患者さんが書かれているブログには共感しないこともありました。やはり、自分と同じ境遇のひとのほうが共感しやすいと思います。

大久保: その共感について、もう少し詳しく教えてください。
小林: 私は結婚して子供のいる幸せな家庭に憧れていましたので、抗がん剤治療により不妊のリスクがあると知り、とてもショックを受けました。「もしかして、がん治療により、子供が産めない身体になってしまうのではないか」という恐怖感です。
また、抗がん剤治療により髪の毛が抜けて女性らしさを失うたびに「こんな自分と結婚してくれる男性なんているんだろうか…」と将来を悲観し始めました。がんになり、結婚・出産という可能性が失われてしまうかもしれないと感じていたのです。
だから、同じがん患者の人でも、既に結婚されている人やお子さんがいる方を、ある意味、羨ましいと思っていました。

❏ ひきこもり

小林さんは、不妊のリスクを恐れ抗がん剤治療前に左側の卵巣を摘出する手術を受け、凍結保存しました。その後、2014年11月から抗がん剤(R-CHOP)療法を受けました。4種類の抗がん剤(リツキサン、エンドキサン、アドリアシン、オンコビン)を使う治療で3週間を1クールとして合計6クールをこなす治療です。1クール目は入院して治療を受けましたが、2クール目からは通院による治療になりました。

大久保: 通院による抗がん剤治療中は、どのような生活でしたか?
小林: 家に引きこもっていました。この期間はつらかったです。様々な副作用(吐き気、だるさ、脱毛、便秘、色素沈着)で身体的につらいのですが、同世代の友人たちと自分を比べてしまい精神的につらかったです。みんなは楽しく幸せそうに生活しているのに、自分は禿げ頭で、爪が黒ずんでいる。この差の大きさから、悲観して誰とも会いたくないという気持ちになり引きこもっていました。心身ともに厳しい時期でした。

それでも小林さんは、抗がん剤治療を粛々と、淡々と乗り越えて2915年3月についに最後の6クールをやり遂げました。

❏ 治療が終わっても不安

大久保: 抗がん剤治療の効果が出ました。
小林: 治療効果が出たのは嬉しかったのですが、壊死した腫瘍が鼻の奥に残り、その結果鼻涙管閉塞を起こしていました。当初はそれが何なのか解らないので、常に鼻の奥に何かある感じがして「がんが再発しているのではないか」と怯えていました。
その結果、精神的に不安定になり「病気による適応障害」と診断されます。強いうつ症状も出ていたので精神科に入院することになりました。やはり、独身のがん患者で、将来の結婚・出産に対して不安といった状況の中、再発の恐れと向き合うことは、精神的にきついと感じました。

小林さんは、2015年4月に受けたPET-CT検査の結果、医師から寛解を告げられます。治療終了後は、勤務していた保育園に復帰。持ち前の頑張りで、2016年1月に保育士試験に合格、3月には保育士として認定されました。
一方、結婚に憧れていた小林さんは、2015年・秋から、婚活を再開し、2017年3月に今お付き合いしている彼氏と出会います。

大久保: 好きな人ができてからも、自分が「がん」を患ったことを明かすのが怖かったと言われていましたね。
小林: 私は、結婚願望が強い方だと思うのですが、好きな人ができて幸せな気持ちになればなるほど「がんを経験した」ことに負い目を感じ苦しみました。「もし、がんのことを明かしたら別れようと言われるのではないか…」「子供が産めないかもしれない、がんが再発するかもしれないということで結婚してもらえなかったらどうしよう」そんな気持ちがありました。彼氏と一緒の時間を過ごしている目の前の幸福感とは対照的な想いがありました。

❏ それから、これから

小林さんは今お付き合いしている彼氏から交際を申し込まれた際、勇気を出してがんを経験したという事実を明かします。すると彼はすべてを受け入れてくれて、1年後にプロポーズされました。そして今、結婚式に向けて準備中です。

大久保: これから「妊活(にんかつ)」とのことですが、主治医とはどのように話されていますか?
小林: 私は抗がん剤治療の前に左側の卵巣を摘出する手術を受け、卵巣(左側)が冷凍保存されています。一方、主治医と話してそれを使うのは最後の選択肢にしています。まずは、残っている右側の卵巣で自然妊娠を試します。それが上手く行かなかったら、右の卵巣を使って不妊治療。それでも上手く行かなかったら、4年前に採取して凍結保存してある卵子を使って体外受精を試みることになります。そして、最後の手段は凍結保存してある卵巣の移植手術を受ける予定です。
出産に関して、まだ、色々な可能性が残されていることは幸せだと思います。

都内のカフェでお話を伺いましたが、終始、明るい笑顔でこれからの人生を話してくれた小林さん。今後の結婚式準備で忙しくなるけど「妊活もがんばります!」と幸せそうに語ってくれました。

取材:大久保淳一

この記事の著者

大久保 淳一(5yearsプロフィール)

日本最大級のがん患者支援団体 NPO法人5years理事長、本サイト(ミリオンズライフ)の編集人。
2007年、最終ステージの精巣がんを発病。生存率20%といわれる中、奇跡的に一命をとりとめ社会に復帰。自身の経験から当時欲しかった仕組みをつくりたいとして、2014年に退職し、2015年よりがん経験者・家族のためのコミュニティサイト5years.orgを運営。2016年より本サイトを運営。
現在はNPO法人5years理事長としてがん患者、がん患者家族支援の活動の他、執筆、講演業、複数企業での非常勤顧問・監査役、出身である長野県茅野市の「縄文ふるさと大使」として活動中。
>>新聞、雑誌、TV等での掲載についてはパブリシティを参照ください。
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