【ストーリー】小林円香さん 悪性リンパ腫 ステージ1サバイバー

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • Pocket
  • LINEで送る

悪性リンパ腫 ステージ1A サバイバー 小林円香さんのストーリーです。

このストーリーの目次

  1. 【ストーリー】小林円香さん 悪性リンパ腫 ステージ1サバイバー
  2. 第1話「左眼の充血と目やに」
  3. 第2話「左眼の下の頬あたりにしびれ」
  4. 第3話「腫瘍の可能性」
  5. 第4話「生検の手術」
  6. 第5話「悪性リンパ腫の可能性」
  7. 第6話「B細胞性リンパ腫の診断」
  8. 第7話「卵巣の凍結保存」
  9. 第8話「入院準備」
  10. 第9話「びまん性大細胞型B細胞リンパ腫」
  11. 第10話「封じ込めていた不安」
  12. 第11話「見えない未来ときつい副作用」
  13. 第12話「過呼吸症候群で苦しんだ毎日」
  14. 第13話「寛解・復職」
  15. 第14話「幸せな日常を取り戻して」

第2話「左眼の下の頬あたりにしびれ」

2014年保育園の栄養士として仕事を頑張っていた東京都在住の小林円香(まどか)さん(28歳、2014年当時25歳)は、7月から左眼の充血と目やにが改善しなかった。

眼科クリニックの男性医師に言われた通りしばらく様子をみていた。
それからの2ヶ月間、症状は改善もしないが悪化もしなかった。

9月29日 この日のことはよく覚えている。
保育園への通勤の際、乗り換えで使う駅の駅構内にあるエスカレーターに乗っていた時だ。

「あっ…!」
左眼の下の頬のあたりがしびれた。
変なムズムズ感があり、まるで電気が通っているかのようだ。
そして、そのしびれが止まらない。
なんだろう…、疲れているからかな。
しっかり寝れば治ると思いその日は早めに寝た。

しかし翌日、朝から左眼の下のあたりが相変わらずしびれている。
しかもその範囲が広がったように感じた。
不安だがこの日は様子をみることにして仕事に出かけた。
代わりの人がいない保育園の栄養士の仕事、休むことなど考えず頑張れる限り頑張ることにした。
自宅に戻り父親に相談すると顔面神経痛かもしれないという。

そういえば20年近く前のことだが、小林さんがまだ小学生の時、父親が顔面神経痛を患った。
その後、治り、いまは問題ないが当時のことを思い出していた。
この年(2014年)に入ってから、小林さんは体力的・精神的に弱っていた。
月に1度くらいはのペースで何らかの病気をした。
インフルエンザ、ノロウィルス、風邪、原因不明の発熱、
やはり、ストレスと疲れがあった。

だから、顔面麻痺だろうと思い、10月2日に都内の大学病院に行き診てもらった。
神経内科の診察室に入ると担当した医師から色んな検査を受けた。
腕を上げたり下ろしたり、左を向いたり右を向いたり。
事前にインターネットで調べて三叉神経痛ではないかと想像していた。
だから小林さんは聞く「先生、私は三叉神経痛ですか?」
それに対し医師はきっぱり言う。
「これは、それじゃないです。いまからCTを撮りましょう」
詳しい検査をすることになった。

次のページを読む >> 第3話「腫瘍の可能性」

この記事の著者

大久保 淳一(5yearsプロフィール)

日本最大級のがん患者支援団体 NPO法人5years理事長、本サイト(ミリオンズライフ)の編集人。
2007年、最終ステージの精巣がんを発病。生存率20%といわれる中、奇跡的に一命をとりとめ社会に復帰。自身の経験から当時欲しかった仕組みをつくりたいとして、2014年に退職し、2015年よりがん経験者・家族のためのコミュニティサイト5years.orgを運営。2016年より本サイトを運営。
現在はNPO法人5years理事長としてがん患者、がん患者家族支援の活動の他、執筆、講演業、複数企業での非常勤顧問・監査役、出身である長野県茅野市の「縄文ふるさと大使」として活動中。
>>新聞、雑誌、TV等での掲載についてはパブリシティを参照ください。
>>NPO法人5yearsの組織概要はこちら



-Sponsored-

By
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • Pocket
  • LINEで送る

SNSでもご購読できます。