【ストーリー】長谷川一男さん 肺がん ステージ4 サバイバー

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肺がん(肺腺がん) ステージ4 サバイバー 長谷川一男さんのストーリーです。

このストーリーの目次

  1. 【ストーリー】長谷川一男さん 肺がん ステージ4 サバイバー
  2. 第1話「映画鑑賞が好きで」
  3. 第2話「テレビ番組制作会社へ」
  4. 第3話「独立・結婚・子供の誕生」
  5. 第4話「首の付け根の腫れ」
  6. 第5話「がんの可能性が高い」
  7. 第6話「余命10ヶ月」
  8. 第7話「抗がん剤治療」
  9. 第8話「セカンドオピニオン」
  10. 第9話「“逃げ馬”の戦い」
  11. 第10話「8年間という大切な時間を生き抜いて」

第4話「首の付け根の腫れ」

高校生の時に映画・映像の世界の魅力を知り、大学卒業後テレビ番組制作会社に就職した神奈川県横浜市在住の長谷川一男さん(47歳、2010年当時39歳)は、キャリアを積み上げ、2003年からフリーのディレクターとして活躍していた。一方、父親が、肺がん(扁平上皮がん、ステージ4)を発症していた。

2004年に肺がん(扁平上皮がん、ステージ4)を発症した父親は、約1年半の治療の末、帰らぬ人となった。
良い思い出も、そうでない思い出もある父親だったが、こうして他界すると、何か心の中に穴があいたような期間がしばらく続いた。

一方、テレビ番組のディレクターの仕事は、相変わらず順調で、2009年には長谷川さんの想いが詰まった番組を担当する。
『ワンステップ!(TBS)』、人にスポットライトを当てたドキュメンタリー番組で、技能とか情熱を持っている人が、社会貢献に挑戦するものだが、最終的にはその社会貢献を通じて、主人公が学び、成長していく事実を報道する番組だ。
長谷川さんの代表作の一つと言える企画で、この頃はディレクターとして絶頂期にあった。

2010年2月、普段通り働いていたが咳が出はじめる。いわゆる「カラ咳」だ。
その咳が中々止まらず、ゴホ、ゴホと続く時もあるし、熱が上がっていた。
「風邪をひいた」と思い、市販の風邪薬と咳止めを服用し、仕事をこなしていたが、治りが悪い。
仕方がないので、3日間安静にしていたが、快方に向かわない。
だから、保土ヶ谷あだちリニックを訪れ診てもらい処方された薬でしばらく様子をみることになる。

数日後、自宅の鏡で自分の身体をみたら、右半身、首から肩にかけて盛り上がっているのを見つける。
「これ、おかしいな…」
不安に思った長谷川さんは、妻に促されて再びクリニックを訪れた。

2010年2月25日のことだった。
診察した60代の優しそうな男性医師は、こんなことを言う。
「気胸かもしれませんね。どこでも紹介状を書きますから、大きな病院で診てもらってください」
相変わらず咳が出ていて、熱もあり、なぜか、右側の首の付け根が腫れあがっている。
急いだ方がいいと判断した妻は、自分が運転する車に夫を乗せ、横浜市立みなと赤十字病院に向かった。
この日、夜8時を回っていたので救急扱いとして病院で受付をした。
胸部レントゲン写真を見た30代の女性医師は、「これは気胸ではないです。CTを撮って詳しく調べてみましょう」そう言う。
長谷川さんは、どんどん、自分が下り坂を下っていて、悪い方向に向かう感じがしていた。

形容しがたい怖さと、不安の中にいた。

次のページを読む >> 第5話「がんの可能性が高い」

この記事の著者

大久保 淳一(5yearsプロフィール)

日本最大級のがん患者支援団体 NPO法人5years理事長、本サイト(ミリオンズライフ)の編集人。
2007年、最終ステージの精巣がんを発病。生存率20%といわれる中、奇跡的に一命をとりとめ社会に復帰。自身の経験から当時欲しかった仕組みをつくりたいとして、2014年に退職し、2015年よりがん経験者・家族のためのコミュニティサイト5years.orgを運営。2016年より本サイトを運営。
現在はNPO法人5years理事長としてがん患者、がん患者家族支援の活動の他、執筆、講演業、複数企業での非常勤顧問・監査役、出身である長野県茅野市の「縄文ふるさと大使」として活動中。
>>新聞、雑誌、TV等での掲載についてはパブリシティを参照ください。
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