【ストーリー】大友和紀さん 大腸がん(S状結腸がん) ステージ3 サバイバー

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大腸がん(S状結腸がん) ステージ3a サバイバー 大友和紀さんのストーリーです。

このストーリーの目次

  1. 【ストーリー】大友和紀さん 大腸がん(S状結腸がん) ステージ3 サバイバー
  2. 第1話「徳島での田舎暮らし」
  3. 第2話「腹痛」
  4. 第3話「恐らく大腸がんです」
  5. 第4話「入院」
  6. 第5話「人工肛門の設置」
  7. 第6話「大腸がん(S状結腸がん)の切除手術」
  8. 第7話「抗がん剤(オキサリプラチン、ゼローダ)治療の開始」
  9. 第8話「淡々と続く抗がん剤治療」
  10. 第9話「取り戻した生活」

第7話「抗がん剤(オキサリプラチン、ゼローダ)治療の開始」

2016年8月、大腸がん(S状結腸がん)を告げられ、まず、腹腔鏡による人工肛門の設置手術を受けた徳島県勝浦町在住の大友和紀さん(43歳、2016年当時41歳)は、2週間後にS状結腸がんの切除手術を受けた。その結果、リンパ節に転移のある(ステージ3a)とわかり、抗がん剤治療を勧められた。

5年生存率74%、4人に1人が他界する…、とても気になった。
だが、どうしても抗がん剤治療には抵抗がある。
だから、しばらく考えさせてほしいと伝え、翌日、退院。
大友さんにとって過酷で厳しい夏が終わろうとしていた。

退院後、実家・大阪にいる母親に電話した。
心配させたくなかったので、事後報告となってしまったが、がんで入院していたことを伝えた。
驚いた母親は、「何で、そんな大切なことを、教えてくれなかったの…」と泣いてしまう。
電話口で泣いている母親の声、大友さんは、申し訳ないことをしたと反省した。

自宅に戻ってから、入院中に隣のベッドにいた胃がんの男性患者のことを思い出していた。
彼は今後の治療として抗がん剤を勧められ、とてもショックを受けていた。
当時は「かわいそうにな…」そう感じていたが、まさか自分もそうなるとは思いもしなかった。

“抗がん剤治療”
受けると再発率が10%ほど下がるだろうと説明された。
でも、身体に負担がかかることは間違いない。
1割の改善のために、やる意味があるのかな?
自分としてはスッキリしない。

思い悩んでいる頃、町役場の担当者に相談してみた。
すると、賭け事が好きなその担当者はこう言う。
「大友さん、確率の世界で10%も改善するなんて、すごいことなんですよ。僕だったら、絶対にそっちを選ぶ」
この言葉が大友さんの背中を押した。

入院中、シェアハウスの運営を町役場の人や、以前に世話をした移住者が手伝ってくれた。
そもそも勝浦町の公益に与する事業ということもあるが、大変な時に周囲の人たちが助けてくれる。
面倒見のいい人たち…、改めて勝浦町の素晴らしさを感じる。

そしてシェアハウスへの仕事復帰はというと、退院して2週間目に普通に仕事に戻った。
病気前、事務所で行っていた事務仕事の一部を自宅で出来るようにして、頑張ってこなしていた。

そして2016年9月30日、いよいよ抗がん剤治療が始まった。
初日に抗がん剤「オキサリプラチン」を点滴で投与し、2日目から14日目まで「ゼローダ」を服用。
その後は、1週間のリカバリー期間を設ける、3週間を1クールとする治療。
これを合計8クール、約半年間続けるものだった。

次のページを読む >> 第8話「淡々と続く抗がん剤治療」

この記事の著者

大久保 淳一(5yearsプロフィール)

日本最大級のがん患者支援団体 NPO法人5years理事長、本サイト(ミリオンズライフ)の編集人。
2007年、最終ステージの精巣がんを発病。生存率20%といわれる中、奇跡的に一命をとりとめ社会に復帰。自身の経験から当時欲しかった仕組みをつくりたいとして、2014年に退職し、2015年よりがん経験者・家族のためのコミュニティサイト5years.orgを運営。2016年より本サイトを運営。
現在はNPO法人5years理事長としてがん患者、がん患者家族支援の活動の他、執筆、講演業、複数企業での非常勤顧問・監査役、出身である長野県茅野市の「縄文ふるさと大使」として活動中。
>>新聞、雑誌、TV等での掲載についてはパブリシティを参照ください。
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