【ストーリー】岩井ますみさん 大腸がん(下行結腸がん)ステージ4サバイバー

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大腸がん(下行結腸がん)ステージ2~3 サバイバー 岩井ますみさんのストーリーです。

このストーリーの目次

  1. 【ストーリー】岩井ますみさん 大腸がん(下行結腸がん)ステージ4サバイバー
  2. 第1話「毎年の健康診断」
  3. 第2話「検査報告書の便潜血・陽性+」
  4. 第3話「大腸内視鏡検査」
  5. 第4話「11月下旬の寒い夜」
  6. 第5話「大腸がんの確定診断」
  7. 第6話「毎週の検査と仕事への不安」
  8. 第7話「やりたい仕事を断るつらさ」
  9. 第8話「手術と退院後の仕事」
  10. 第9話「腫瘍マーカー。肝臓への転移」
  11. 第10話「抗がん剤(TS-1)治療」
  12. 第11話「手術~抗がん剤治療。強い副作用」
  13. 第12話「がんの告知から3年半」
  14. 第13話「これまでのキャリアと向き合って」

第11話「手術~抗がん剤治療。強い副作用」

大腸がん(下行結腸がん)を発症し腹腔鏡による手術を受けたが10ヶ月後に肝臓への転移が見つかり(ステージ4)抗がん剤治療を受けていた千葉県市川市在住の岩井ますみさん(53歳、2009年当時45歳)は、2回目の手術に備えて一切の仕事を断った。しかし医師の判断で抗がん剤治療を続けることになった。

通院と薬の服用以外はやることがない毎日になった。
何か仕事をしてみたいと思っても、今後予定される手術のことが頭にあるから積極的になれない。
2009年12月に始まったTS-1(抗がん剤)治療は、結局2010年の10月まで続いた。
9月の検査の結果、肝臓にあるがんの位置を特定できたとして手術に踏み切る。

2010年10月中旬のことだった。
肝臓の一部を切除し腫瘍を取り除くオペは無事に終わった。
3週間後に退院したが、これから術後、抗がん剤治療が始まるという。
最初のがん発覚からすでに2年近くが経っていた。
長期間に及ぶ治療となってきたため、この頃は前向きな気持ちがぐっと落ちていた。

担当医によると翌月8日から別の薬(エルプラット、ゼローダ)を使うゼロックス療法を始めるという。
岩井さんが仕事を再開して良いかどうか確認するとこう言われた。
「う~ん、この治療をしている間は(副作用が強いから)仕方がないね。仕事は難しいと思いますよ」

そして始まったゼロックス療法。
初日に点滴で抗がん剤(エルプラット)を投与し、その後2週間はもう一方の薬・ゼローダを経口で服用する。そのあとの1週間をリカバリー期間に充てる3週間を1クールとするものだ。
治療が始まるとさっそく強い副作用が現れた。
血管が痛いから全身に痛みを感じる。
風が身体にあたっても痛いくらいなのだ。
さらに手足症候群も発症。手と足の皮がむけて、時には足がつってしまうこともある。
水を飲もうとしたら耳の骨の下のところに激痛が走り、首を絞められたように痛いこともあった。
不安から薬の副作用の説明を確認するがそのたびに「あっ、これだ。私にはこの副作用がでちゃうんだ」と理解する。
我慢比べのような抗がん剤治療の日々。
翌2011年8月まで続いた。

その後、別の薬(UFT)に切り替えるが、これがまた岩井さんに合わなかった。
身体が辛くて起き上がれないから横になるが、痛いから眠りにつくことができない。
結局2クールの服用でギブアップ。

今後の治療については悩ましいことになる。

次のページを読む >> 第12話「がんの告知から3年半」

この記事の著者

大久保 淳一(5yearsプロフィール)

日本最大級のがん患者支援団体 NPO法人5years理事長、本サイト(ミリオンズライフ)の編集人。
2007年、最終ステージの精巣がんを発病。生存率20%といわれる中、奇跡的に一命をとりとめ社会に復帰。自身の経験から当時欲しかった仕組みをつくりたいとして、2014年に退職し、2015年よりがん経験者・家族のためのコミュニティサイト5years.orgを運営。2016年より本サイトを運営。
現在はNPO法人5years理事長としてがん患者、がん患者家族支援の活動の他、執筆、講演業、複数企業での非常勤顧問・監査役、出身である長野県茅野市の「縄文ふるさと大使」として活動中。
>>新聞、雑誌、TV等での掲載についてはパブリシティを参照ください。
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